エッセイ ミニ

 

 

 

生まれた家の玄関には大きな肉桂(シナモンの親戚みたいな木)の木がありました。

特に何も感じていませんでしたが、大分大人になると、シナモンが好きと知り、シナモントーストを好んで朝食に食べるようになりました。

人は勝手に生まれてきて、勝手に死んで行くと思われがちですが、私はそうは思いません。このように本人とゆかりのあるものが側にあったり。

だから最近根本的なトコロ、生まれた時の自分に焦点を充てるようにしています。

どうするか?それはじっくり向き合う。ただそれだけなんですけれど。

実家のある地域は私の好みではない。両親とも特別仲がいいわけではない。しかし私はここからどうしても離れられない。

どんなに遠くへ行っても必ず帰って来てしまう。こんな自分の意味を知りたいのです。

もうタイムリミットを意識するような年齢になったから余計かも知れませんが、納得行くまで目に見えない「それ」を見つめていたいのです。

Wave or Page 60x80x2.5 2020.jpg 

 

今から20年くらい前でしょうか? 

始めてロトやってみました。

休憩時間に友達に誘われて¥200だし、手軽だし、道すがらだったから。

で2,3回目くらいでしょうか?1人でそつなくこなせるようになりはっと気づいたら1回に¥1200程賭けていました。

支払いの時に はっと我に帰りびっくりしましたがそのまま購入。

結果10万円程当たりました。

無意識でした。

たまにこのような棚ぼたな幸運に恵まれます。

こないだ、気づいたら派遣辞めてました。

 

Sequence+Society:連続と社会.45.5x45.5.2019.jpg 

私はゆで卵、塩なしで食べれます。何も味付けしないで無理もしないで食べれるのです。

味の濃いものは苦手。そんな私が大好きなアイスのフレーバーはチョコチップバニラ !

ハーゲンダッツ贔屓の私は昔よくショップでもスーパーでも好んで買っていた。なのに、!なのに! 消えた!

チョコチップバニラが消えたのです。私は世間ズレしているのでしょうか?あんなにマッチしているアイスの完全版が絶版です。

何の理由もなくそのフレーバーがなくなる事はないはず。恐らく人気がなかったとしか考えられない。

そしてふと思うのです。私はやはり世間ズレしている?

あんなに素晴らしいものは他にないと信じていたのに無くなるのですから。

そしてチョコチップがなくなった事に対して不満を漏らす人にも出会ったことがない!

それどころか5,6年前アイスのフレーバーでチョコチップバニラが1番嫌い!という人に出会いました。

もう信じられない事態でした。私はクッキアンドクリームがダメです。

ちょっと言い返したい気分になりました。

そう。人は環境や経験によって嗜好が違う。同じ事が日常のそこここにある。

クラッシックの好きな人、ロックの好きな人、。。。

そんな間をぬって私がいつも思う事は静かな存在。

美術は大きく平面と立体に分けられるが、中でも平面はおとなしい。

静かな存在です。これが私の興味を惹いて止まない。

静かに伝える、聞きたい人にだけ語りかける、じっと見つめる、邪魔しない。

私にとっては理想でしかありません。だからこのツールを使って自分の発信したい事を発信するのです。

強いるわけでもなく、呼び止めるわけでもない。必要な時だけ振り向ける薬局みたいに立ち尽くしたい。

それぞれの処方箋を渡したらその先は一緒になるかその場だけか。

何もかも自由です。

世に存在する芸術には今が映し出されているのです。

 

 Homesickness.jpg 

気配とか予感とか計算で導き出されない状態が地球では存在する。

それが普段の生活の何パーセントを占めているのかは全く想像にも及ばないが 間違いなく生活に含まれている。

調子が良かったり、何かの波長と同調していれば割合が高くなるのか?ただ、それなしでは生活が成り立たないとも思える。

まどろっこしくなったが、今日、ある些細な体験をした。

ようやく波に乗って来た音楽レッスンに行くのに乗り換えた電車で考え事をしていたら降りる予定の1つ手前の駅で降りてしまった。

降りた瞬間にあ、と気づいたかも知れない。でもさっとまた違う車両に乗り込む切り替えも出来なかった。

時間に余裕があったから次のに乗っても全く問題はない。そこで次の電車を待とうとした。でもふと思った 私は冒険が出来ない。

こういう時にじゃあここから1駅歩こう!とか歩ける事はわかっていてもやった事がない事に対して自信が持てない。

しばしもじもじしたが、今日の私は違う。よし!冒険しよう!と心に決めた。

やっぱり、やめよかな、、とか改札まで2回くらい思ったがいや、今日は絶対行く!と決めて外へ出た。

まあ、大した事ないのですよ。何の苦もなく歩ける距離。でも私はこんな人。端からは何でもガンガン行く人とみんな信じているが。

はい、ある分野についてはそうかも知れませんが、殆ど内向的です。

で、今日は逆にちょっとお散歩出来て、現地にはとっても良い時間にピッタリ着いてグッドでした。

レッスンの他に全ての用事を済ませてさあ帰ろと思ったら乗った電車が途中駅で停車、人身事故により、、、の事態に。

早速バスに切り替えようとするもやはりもしかして案が浮かび再び電車に乗り込む私。しかしあと1時間は止まっているとわかると地上へ出てバスへと乗り換えました。

往路の自らの下車と復路の強制的な下車。私の中の何かのセンサーが朝から今日という日を予告していたような気がします。

全く関係ないだろうとか見過ごしてしまいそうな出来事ではあるけれど私は”予感”と”予習”と”復習”を感じた1日だったのです。

自分が今何とアクセスしているか、それは自分以外の誰にもわからない。各々がそれを感じ取って紡ぎ取るという事が人生との会話と私は思う。

だから何か大きな事を決める時は必ず太陽に、宇宙に問いかけるようにしているのです。

あ、急に壮大なスケールの話に!なりました。

いつも石橋を叩き割っている。という話でした。

ある1日の断片より。

Stage+Creation:舞台と創作.31.8x41.2019.jpg

 

去年ホーキングの本を予約し、今年の3月手に入れました。

私は物理は嫌い、科学は好きの適当な位置ですが、宇宙への興味は尽きません。

画家でなかったら、天文学者か、ファッションモデルになりたかった。 

ん〜、あまりにも全てがかけ離れていてどうにも理解し難いかと思われますが、本心です。

お勉強しなかったから天文学者→無理。背が高くないからファッションモデル→無理。でした。

本は実は滅多に読む事がない私。理由はその間ずっとじっとしていなければならないから。

いつも何かとやる事に追われているので際限なく本を読めるというのはある意味夢の世界です。

ですので読めるのは電車に乗っている間とか、家事のちょっとした隙間とかごくわずかなので7月になってもまだ

読み終わっていません。

でも、

読む度に勇気を与えられます。やっぱり宇宙にはロマンがあり、謎に答えてくれるホーキングには感謝で一杯です。

あ、そうそう、やっぱりね とか そうだ とか励まされます。

そのホーキングが本の中でアピールしているのが「私はガリレオの没後100年に生まれた」という事。

まさに何たる一致ですね。きっと間違いなく生まれ変わりで、自分の追求を生を繰り返しながら深めて行ったのでしょう。

こんな人類の宝がこの星の元、同時代にいたという奇跡が愛おしい。

接点は全くなくとも、会いたかったと思える存在ですね。

こんな世界中の偉人の死を耳にする度に私は自分がこんな人達に会えるチャンスがある事夢見てしまいます。

 

ちょっと夢が大き過ぎるかも知れませんが、作家である以上、是非ご一緒したいと憧れる作家がいるのです。

もちろん1人ではなく数人いますが、 

その内の1人(1組)が

クリスト、ジーン-クロウド夫妻

8歳くらいの時だったかな?お二人の作品を知ったのは。子供だから何が何だかわからずそれが表現出来なかったけれど、

釘付けになりました。そして大人になってから芸術と呼ぶと知りました。

ジーンは数年前に亡くなられ、その後はクリストがお一人で作品を発表されていましたが、今年訃報が流れ、肩を落としました。

もちろん、どんなに頑張ったって、一緒にコラボなんてありえないのですが、憧れるくらい偉大な夢を抱いても良いでしょう。

現地時間と日本では時差があるのでこうなってしまったのですが、お亡くなりになられたのは私の誕生日でした。

憧れの人と自分との接点がこんな形で終了するとは夢にも思っていませんでした。

今でも思い出すだけで涙が出ます。

 

会えなくても愛おしい。

そして思う事は生きていて、こんな素晴らしい人達の存在を知れただけでも幸せと。

憧れる人や尊敬する人は存在するだけで人の勇気になれると実感するのです。 

 まさに希望の星です。

 

Cave.jpg

 

私、ブラックベリー狂なんです。

でも、

日本で食べた事ないんです。

 

これは問題。これでも狂を付けるくらい好きと断言して良いのだろうか???

私はイギリスに留学した経験があるのですが、当時は子供すぎて自然とか土地の生活習慣に目をやる事は一切なく、

表向きの名物とか、習慣だけを取得して帰国しました。

そこから数年後、友人と一緒にイギリスを訪れると、本来のイギリスに対面。

私達の行ったイギリス西部では自然と野生と人工が上手い具合に混じり合った土地で(イギリス全土に言えるかも知れませんが、)

散歩をすると、道すがら、永遠にブラックベリーがなっているではありませんか!

始めて見た時はえ?これ本物のブラックベリー?偽物?と怪しみましたが、正真正銘。

普通にお店で売れるような大きさ的にも味的にも完璧なものが両脇にずーっとなっていたのです。

天国ですね。

こんなのもいで食べてももちろん食べきれないし、あり過ぎで採ってる人も見かけない。みんな当たり前のようにこの天国と共存。

こんな光景を見たものですから輸入、冷凍品にはなかなか手が出ないのです。

あの時の景色が私の理想を一気に高く押し上げてしまったのです。

で毎年夏になるとあの、大きい実の麗しいブラックベリーが食べたくなるわけです。

ブラックベリーはこのまま ぱくっ! といくのが最高で、イチゴのようにアイスやジャム加工したらガックと味が落ちます。(私の感覚)

(イチゴはその点においても優等生で敵無しなのですが。)

もちろん私はいちごも大好きでいつまででも食べ続けれる自信があるのですが、今はブラックベリーの話なので、

で、

思う存分食べたい夢を叶えるべく来年は植えようかと思います。

やっと決心しました。

Img109485.jpg

 

 

ドアチェーンをかけると雷が鳴り出した。

あ、この雷は受け入れられる。優しい。

自然は恐ろしくも優しくもある。今日のゴロゴロは優しく感じたのです。

これから雨の時間が荒れた心の荒野をなだめてくれる予感がしました。

ところで、

私には心の奥にまだ見て見ぬ振りをしたままの場所がある。それは北欧一帯。ちょっとだけデンマークに足を踏み入れたことはあるけれど、

その他の地域は全く知りません。

発端は、

その時の状況を覚えていないのですが、北欧に暮らす人のブログに出会って、それからはもう 北欧フリーク。

おそらく現地に行く機会なんかないだろうけど、心奪われてしまい、毎日このブログを見てしまいます。

紹介されている町並みや自然の景色が最高で、ネコも登場して、私の夢宝物箱のような存在になっています。

 

このブログではFikaがよく出て来ます。北欧ティータイムです。

それを見る度にほっとして、安心。やわらかい気持ちになります。

荒れた心も癒してくれます。現実的には厳しい自然の北欧がくれる癒しは今日私が感じたこの雷の優しさと似ているかも。

Gratitude.jpg

 

 

作家が昇進するには数あるコンペに挑戦するしかありません。だから、私も定期的に応募を試みているわけですが、、、

なかなか。

運命ではありますが、残念な結果だけならまだしも駄目出ししてくる人もいたりして、決して楽しい挑戦ではありません。

特に私は自分のコンセプトやインスピレーションを他人に伝える事がとてもニガテで書くのもとにかく時間がかかる。

 

昇進しなければならないのか?→はい。新しい出会いが次なる仕事と結びつく可能性が出ます。

ところで、

世間では今、在宅というものが日常となりつつありますが、みなさん苦戦されているようですね。そして、

そう、それこそが私達作家の仕事なのです。人にもよりますが、私みたいな典型的な即興詩人は毎日の計画がない所から業務を成り立たせなければならない。

自由の中から成果を導き出さねばならないのです。

朝起きるのも自由ではありません。目覚ましをかけて、ちゃんと朝食を摂って、作品と向き合い、戦いが始まります。

何をどうしたら正解か?縛りがない分どうしようもなくなる事自然です。間食もやろうと思えばいつでもいつまででも出来る。

人がルールに添った生活やリーダーを求めるのも当然の成り行きだなとつくづく感じます。

もし、この作業を ある日突然作家でない人が始めるとしたら、

それはもう、やるせない。ただストレスの塊です。

私はまだヒラなので月〜金は派遣社員。土日祝限定作家です。だから最初はキーっと狂っていました。

まず「切り替え」というハードルが越せなくて、、、

なんせ、この土日祝に制作だけが出来る訳ではなく、この期間中に掃除洗濯買物料理弁当献立をこなさなければならないのですから。

ちなみに私は中の上くらいの潔癖性。

 

手抜き出来る掃除も少ない。

最近の解決法は土日を期待せず(祝日はボーナス )「1日捨てる!」事。

悲しいですが、制作に集中出来るのはいずれかの1日のみ。

また、その2日間のいずれかに何か用事がある場合、時間制限があるのでこれもまた制作出来ません。

稀に出来る場合もありますが、それは年に1度あるかどうかというくらい希薄です。とりあえず、時間割がかなり重要な要になります。

こうなってくると私の昇進意欲はどんどん膨れ上がります。

そんなもやもやが永遠に続くなどなんと恐ろしい。

昇進せねば!

しかしまあ、こんな具合ですから、このコンペに応募しよう!と決めてもその後忘れ、期限切れなど日常茶飯事。何せ描くのはもちろん文章を書くにも助走が長いから。

 

 

それでも、未来とか手の届かないものとかの想像力に関してはプロです。

 

2020.4.13

Ripple or Twinkle 22.7x22.7x1.8.jpg

 

 

2019年9月7日現在

私が制作するのに欠かせないものは『音楽』です。

その日の気分に合わせて、聞きたいだけ音楽のシャワーを浴びると、だんだんその日の

自分の調子がわかり、それを踏まえて気分を高まらせ、制作に向き合うのです。そして肉体と精神が整うと、音楽はラジオに切り替え、描くモードに入ります。

但し、すぐに描けるわけではありませんが、。

去年の秋、いつものようにラジオを聴きながら制作準備にかかっているとその番組にゲストで来ていたアイルランド人のお薦め曲がかかりました。

なんと、マーラーの"アダージェット"、私の中でイントロのハープの音と、アイルランドのハープが重なり、がっちり何かがしっくり納まりました。

ちなみにそのアイルランド人は音楽家ではなく、ただお薦めでこの曲を選んだまで。別にアイルランドを紹介していたわけでもハープを紹介したわけでもありませんが

曲を聞いたとたん、私の頭の中はハープ一色。

後日、私は教室を探すことにしました。音楽としては子供の頃3年程エレクトーンを習っていたのでさほど抵抗もなく、大人でも始めれるのなら何か楽器をやってみたい!

うすうす感じていたのはいつも好きな音楽のシャワーを聴いてその日のコンディションを整えるという作業もいつかきっと終わりが来る。

芸術家なら尚更もっと確実なものも準備しておかなければということ。もし、聞く→奏でることで自分を整えられたらもう鬼に金棒です。

スポーツ選手と違って文化的な作業は準備体操だけではわからない内面も調子を合わせなければならないからそれが自分にとって何なのかを知るのも大切なのです。

また弾いている間は無になれます。私にとって何も頭に残さず、真っ白な状態で作品を描くというのが最も大切な事なので準備体操としては最適なのです。

そして早速習い始め

今日はリラックスしながら弾くということが大切と習いました。

簡単な事ですが、私にとってリラックス、肩の力を抜く、といったことがどんなに難しかったことかと実感。

なんだか人生を語られているような気がしました。

 

夕暮れ時、マンションの明かりが点き出した頃、何もせず音もなく椅子にすわってただただぼーっとしてみました。

きっと自分の中で何かが引っかかっているはずと。

すると、忙しさと描きたい気持から妥協で買った画布の色が気に食わなかったことや、

テレビを見なくなった生活からテレビ無しでは生きて行けない程の自分に変貌していた事。

私はそんな自分の声をないがしろにしていたと気づきました。何も上手く行くわけがありません。

ありのままの自分が悲鳴をあげていました。ハープに導かれた気がします。

まだ曲としては何一つ出来ませんが、いつか好きな曲をハープでさらっと弾き、制作に入れる日がくればなと思っています。

私にとって欠かせないものになりそうです。

Melody+Pray.jpg

 

暗い街を明るくしてくれるクリスマスシーズンが好きです。

クリスマスツリーは芸術品です。

『人類は芸術なしでは生きられない』

個人的な感情かも知れませんが、この世に芸術なくしては闇です。

普段芸術に興味がない人でも芸術はそこかしこに存在しており、恩恵を受けている。

 

ところで、さっき、年末恒例、来年のスケジュールを埋めました。

私の結構好きな作業です。

来年はこれをしよう、あれをしようと思いを巡らせますが、

現実的でない事も半分くらいあるのでなかなか進みませんでした。

それだけやりたいことがあるならそれはそれでいいだろうとちょっと客観的に自分を見つめていたりします。

今年1年、どんな年だったかと言うと、あまり制作の出来ない1年でした。

この点に於いては非常に不満の溜まるところですが、仕方がない。

来年はその回収に勤しみます。その現実を見逃さない為にも客観的に、計画を組んでいます。

未来に向かって放射線を引く。この方法で引き続き来年を計画しようと思います。

来年私がどうしてもやりたいのは立体です。もう何年も言い続けていますが、来年こそ有言実行と行きたいものです。

でもこうやってあれこれやりたい事を巡らすのが目標の醍醐味かも知れませんね。

まだ実行とは行っていなくとも既にこんなに楽しいのですから。

予定を立てる=理想を空想する  ですからね。赤毛のアン心理でしょうか?

既に半分楽しんでいます。

Mentalcmyk.jpg

 

2017年が始まりました。

私は今年の目標を"結構無理する"と設定しています。今まではどちらかというと”やりたくない” ”ゆっくり” ”自分の理想追求” 

というくらいの値の設定でしたが、なぜか去年の暮れ、来年は無理してやってみようと思いました。

きっとこれまでのアカが落ちたのでしょう。長い休息期間が終了し、新たな世界へ足を踏み入れる準備が出来たのかも知れません。

 

年末年始は実家の大阪でゆっくり過ごしました。なんとなく普通の時間を過ごしていたのですが、なんと、実家に着いた途端に疲れが出ました。何とも言えないぐったり感。東京では何もない普通の時間を過ごしているつもりでも常に緊張しながら過ごしていたのかも知れません。それから3日間くらいはグダグダでした。それから徐々に元気になったのですが、今度は両親の温かさや家のぬくもりに事ある毎に涙が溢れるようになりました。どこからともなく溢れ出す涙はテレビを見ていても何をしていても感情に触れた途端に溢れ出すのでそれを隠すのが大変でした。

東京帰ってくる時はもう嫌で嫌で。どうにかしてここに帰って来れないものかという思いにふける程でした。それから毎日が寂しくて、身内の事を思い出しては泣いて、果ては友達のご両親に会っただけでも涙が溢れました。こんな経験したことありません。友達に話すと無理し過ぎだって言われました。自分では一切覚えがありません。

こんな思いをするぐらいならもう実家に帰りたくないと思いました。

今年の目標が無理する事。からのこの現実。

幾つになっても私は己を知らないのだなあと改めて感じました。年末にはどんな自分がいるのでしょうか?

少しは自分の内面に追いついているでしょうか?ただ、自分の作品には私が映し出される。あからさまに。

どんなときも私は自分の作品に先行されて生きている。

決して追いつく事の出来ない未知なる自己。私の中にはまだ矛盾がある。

これを平坦にしなければ、、、。

Deformed airship.jpeg

2017.Jan

 

 

 

 

 

Spring water f.jpg

2015年10月、私はUNKNOWN ASIA に参加、台湾人CDデザイナーのQing-Yang Xiao賞を頂きました。

その日の帰宅時、車に乗り込み、エンジンをかけると同時にカーラジオから流れて来た音楽は

C.Richardの”Congratulations"でした。

信じられない気持ちになりました。誰もが知っている曲にしてもあまりここからは流れない。

しかもエンジンをかけた途端、丁度あのイントロが流れた。

予期せぬ祝賀モードになり、1人でノリノリ、自分で自分を祝ったのでした。

私は人生はこんなものだと思っています。

自分の内面と行動が合致した時に与えられるものに感謝しながら生きて行くだけ。

どんなに苦しい事があろうと、未来を見据えて生きて行く。

 

普段の私はラジオを聴きながら制作をするのですが、気分のいい日はおのずと好きな曲が流れる。正に周りのものとの調和を感じます。

私の作品は抽象画でありながら独自の”形”を保有しています。それは芸術を知っている人のみならず、そうでない人に作品を通して何かを伝える時にその的を明確に絞っ

て伝えることが出来るからです。ぼやけた状態になると物事の神髄が見えてこない。特に私は物事の本質を現す事を基盤にしている為、これは非常に大切にしていることです。

物事を見極める時にその物を目で見た情報だけで捉えるのではなく、目に見えない、感じる事から派生したものでなければ、本来の意味を汲み取れないからです。

アート作品をどのようなアプローチで受け入れるのかは人それぞれですが、私は作家自身が伝えたいことがあっての作品と思っています。世の中を変えたいとは思いませんが魂を目覚めさせる手助けになるものを発信したいと思っています。ひとりひとりが自分の得意分野で他人を感動させ、魂を揺さぶると、次のいい結果に繋がる。お互いが影響し合ってもっともっと意識が改革して行けるなら、それは本来の存在意義ではないかと思っています。

もうひとつ、私は紛れもないアートラバーです。芸術が好きで、好きでしょうがない。だからとてもシビアに見ているし、アートに未来を見出している。

自分ではただ好きでまるでガラスを取り扱うように接して来たアート。でも松陰浩之さんとご一緒させて頂いた時に私のある発言から「アートをとてもリスペクトしてるんだね」と言われ、はっとしました。リスペクトとは思いもしなかった。好き→大切→敬意というピラミッドがそこには存在していた。

アートに教えられたリスペクト。

私はこれからもひとつひとつ大切に作品を作ります。アートが私の未来の全てです。

 

 Naomi YukiのホームページNY ARTWARPにお越し頂き誠にありがとうございます。

 

 

このサイトでは作品の紹介のみならず、これからの展示予定やニュース、ウェブ販売まで行っております。

ウェブ販売はOnline sellingをクリックし、お入りください。

(但し海外のサイトより購入する形になってしまうため、ご注文の際はメールまたはコンタクトのフォームより直接ご注文ください。

サイト内でお買い物をされると海外からの輸送費が追加されてしまうためご注意ください。)

 

このサイトへのお問い合わせについてはCONTACTよりお願いします。

万一、返信が無い場合はメール上で何か問題が発生している可能性がありますのでその際はお手数ですが、下記のアドレスまで直接ご連絡お願い致します。

info@ny-artwarp.com 

今後内容もどんどん充実させて行きますのでどうぞ楽しみにしていてください。