エッセイ ミニ

 

 

去年ホーキングの本を予約し、今年の3月手に入れました。

私は物理は嫌い、科学は好きの適当な位置ですが、宇宙への興味は尽きません。

画家でなかったら、天文学者か、ファッションモデルになりたかった。 

ん〜、あまりにも全てがかけ離れていてどうにも理解し難いかと思われますが、本心です。

お勉強しなかったから天文学者→無理。背が高くないからファッションモデル→無理。でした。

本は実は滅多に読む事がない私。理由はその間ずっとじっとしていなければならないから。

いつも何かとやる事に追われているので際限なく本を読めるというのはある意味夢の世界です。

ですので読めるのは電車に乗っている間とか、家事のちょっとした隙間とかごくわずかなので7月になってもまだ

読み終わっていません。

でも、

読む度に勇気を与えられます。やっぱり宇宙にはロマンがあり、謎に答えてくれるホーキングには感謝で一杯です。

あ、そうそう、やっぱりね とか そうだ とか励まされます。

そのホーキングが本の中でアピールしているのが「私はガリレオの没後100年に生まれた」という事。

まさに何たる一致ですね。きっと間違いなく生まれ変わりで、自分の追求を生を繰り返しながら深めていくのでしょう。

こんな人類の宝がこの星の元、同時代にいたという奇跡が愛おしい。

接点は全くなくとも、会いたかったと思える存在ですね。

こんな世界中の偉人の死を耳にする度に私は自分がこんな人達に会えるチャンスがある事夢見てしまいます。

 

ちょっと夢が大き過ぎるかも知れませんが、作家である以上、是非ご一緒したいと憧れる作家がいるのです。

もちろん1人ではなく数人いますが、 

その内の1人(1組)が

クリスト、ジーン-クロウド夫妻

8歳くらいの時だったかな?お二人の作品を知ったのは。子供だから何が何だかわからずそれが表現出来なかったけれど、

釘付けになりました。そして大人になってから芸術と呼ぶと知りました。

ジーンは数年前に亡くなられ、その後はクリストがお一人で作品を発表されていましたが、今年訃報が流れ、肩を落としました。

もちろん、どんなに頑張ったって、一緒にコラボなんてありえないのですが、憧れるくらいいいでしょう。

現地時間と日本では時差があるのでこうなってしまったのですが、お亡くなりになられたのは私の誕生日でした。

憧れの人と自分との接点がこんな形で終了するとは夢にも思っていませんでした。

今でも思い出すだけで涙が出ます。

 

会えなくてもそこを追いかけたい。 

 本音、希望の星です。

 

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私、ブラックベリー狂なんです。

でも、

日本で食べた事ないんです。

 

これは問題。これでも狂を付けるくらい好きと断言して良いのだろうか???

私はイギリスに留学した経験があるのですが、当時は子供すぎて自然とか土地の生活習慣に目をやる事は一切なく、

表向きの名物とか、習慣だけを取得して帰国しました。

そこから数年後、友人と一緒にイギリスを訪れると、本来のイギリスが見えて来たのです。

今日はベリーの話に特化しますが、私達の行ったイギリス西部では自然と野生と人工が上手い具合に混じり合った土地で(イギリス全土に言えるかも知れませんが、)

散歩をすると、道すがら、永遠にブラックベリーがなっているではありませんか!

始めて見た時はえ?これ本物のブラックベリー?偽物?と怪しみましたが、普通にお店で売れるような大きさ的にも味的にも完璧なものが

両脇にずーっとなっていたのです。

天国ですね。

こんなのもいで食べてももちろん食べきれないし、あり過ぎで採ってる人も見かけない。みんな当たり前のようにこの天国と共存しているのですね。

こんな光景を見たものですから輸入、冷凍品にはなかなか手が出ないのです。

あの時の景色が私の理想を一気に高く押し上げてしまったのです。

で毎年夏になるとあの、大きい実の麗しいブラックベリーが食べたくなるわけです。

ブラックベリーはこのまま ぱくっ! といくのが最高で、イチゴのようにアイスやジャム加工したらガックと味が落ちます。(私の感覚)

イチゴはその点においても優等生で敵無しなのです。

もちろん私はいちごも大好きでいつまででも食べ続けれる自信がある。のですが、今はブラックベリーの話なので、

で、

思う存分食べたい夢を叶えるべく来年は植えようかと思います。

やっと決心しました。

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ドアチェーンをかけると雷が鳴り出した。

あ、この雷は受け入れられる。優しい。

自然は恐ろしくも優しくもある。今日のゴロゴロは優しく感じたのです。

これから雨の時間が荒れた心の荒野をなだめてくれる予感がしました。

ところで、

私には心の奥にまだ見て見ぬ振りをしたままの場所がある。それは北欧一帯。ちょっとだけデンマークに足を踏み入れたことはあるけれど、

その他の地域は全く知りません。

それが、

その時の状況を覚えていないのですが、北欧に暮らす人のブログに出会って、それからはもう 北欧フリーク。

おそらく現地に行く機会なんかないだろうけど、心奪われてしまい、毎日このブログを見てしまいます。

紹介されている町並みや自然の景色が最高で、ネコも登場して、私の夢宝物箱のような存在になっています。

私の作品に風景がよく出て来るけれど、それはこんな憧れの世界が姿を見せているのかも知れません。

もう若いとは言えない年齢になった今、この先の人生はとにかく受け入れることに一貫しようと思っています。

だから、「行きたい」も行く計画にしない。

それが実現出来るのは行く状況が与えられた時だけ。

私は20,30代と随分無駄旅行を重ねました。もちろん結果的には無駄ではなかったのですが面白みのない、コソコソした満喫とは無縁の旅行を繰り返しました。

そこから学んだわけですね。これまでは失敗優先で、ココからは収穫優先と。

さて、私のお気に入りのブログではFikaがよく出て来ます。北欧ティータイムです。

それを見る旅にほっとして、安心。やわらかい気持ちになります。

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他人を心地よくするとは私が最も大切にしたい事なのです。

 

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作家が昇進するには数あるコンペに挑戦するしかありません。だから、私も定期的に応募を試みているわけですが、、、

なかなか。

まあ、これが生きている証拠とも言えましょうか、残念な結果だけならまだしも駄目出ししてくる人もいたりして、気が進まないのです。

私が気付いたのは自分のコンセプトやインスピレーションを他人に伝える事がとても下手であること。言い訳にしか聞こえないですよね。

私はどうならなければいけないか?

辿り着いたのは、 絵を見ただけで全てを語れる、そんな大大大作を作るという事。

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昇進しなければならないのか?→はい。昇進=絵で生活が成り立つ なのです。

世間では今、在宅というものが日常となりつつありますが、みなさん苦戦されているようですね。そして、

そう、それこそが私達作家の仕事なのです。人にもよりますが、私みたいな典型的な即興詩人は毎日の計画がない所から業務を成り立たせなければならない。

自由の中から成果を導き出さねばならないのです。

朝起きるのも自由ではありません。目覚ましをかけて、ちゃんと朝食を摂って、作品と向き合い、戦いが始まります。

何をどうしたら正解か?縛りがない分どうしようもなくなる事自然です。間食もやろうと思えばいつでもいつまででも出来る。

人はルールに添った生活やリーダーを求めるのだなとつくづく感じます。

もし、この作業を ある日突然作家でない人が始めるとしたら、

それはもう、やるせない。

私はまだヒラなので月〜金は派遣社員。土日祝限定作家です。だから最初はキーっと狂っていました。

まず「切り替え」というハードルが越せなくて、、、

なんせ、この土日祝に制作だけが出来る訳ではなく、この期間中に掃除洗濯買物料理弁当献立をこなさなければならないのですから。

ちなみに私は中の上くらいの潔癖性。

(→もしこれを私の作品から読み取って下さっていた人がいたならば、それはもう、冒頭に書いた文章でなくとも私を知らせる!が

成立しているというわけです。)

ハショレル事は少ない。

最近の解決法は土日を期待せず(祝日はボーナス )「1日捨てる!」事。

悲しいですが、制作に集中出来るのはいずれかの1日のみ。更に、私の作家魂が顔を出すのですが、私は日中の太陽の光の元でのみ制作をします。(決して野外ではありません)なので雨の日や雲が厚い日は制作が中止です。で、もし土日両日天気に恵まれないと制作に望めないのです。もし、この理由をわかってくださる方がいたら、

あなたも私もジャコメッティ、勝負は太陽と共にあるのが共感出来ます。

また、その2日間のいずれかに何か用事がある場合、時間制限があるのでこれもまた制作出来ません。

稀に出来る場合もありますが、それは年に1度あるかどうかというくらい希薄です。とりあえず、時間割がかなり重要な要になります。

こうなってくると私の昇進意欲はどんどん膨れ上がります。

そんなもやもやは永遠に続くとわかってはいても昇進したい。

なぜならこの時間こそが私の全てが感謝に包まれている時間だから。

まあ、こんな具合ですから、このコンペに応募しよう!と決めてもその後忘れ、期限切れなど日常茶飯事。何せ文章を書くにも助走が長いから。

去年ふと、今年は何もしない、ただあるがままに過ごそう。自分の作品とだけ向き合って過ごそうと決め、何の予定もありません。

それでも私の時間は顕在で今日も受け入れに勤しんでおります。業績と結果のバランスが悪くてもこれが仕事だから。

こんな感じなので作業となるとどうしても制作優先で、

普段書き物とか発信等は見て見ぬ振りをしてしまう事が多い中、今日はこうして書けただけでも収穫です。

計画性は皆無ですが、未来とか手の届かないものとかの想像力に関してはプロです。

作家の内側を知った上で作品を鑑賞するのも面白いですよ。

2020.4.13

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2020年作 海のキラキラ?空のキラキラ?

 

 

「2019年9月7日」

私が制作するのに欠かせないもの、それは『音楽』です。

好きなジャンルはブリティッシュポップ、ロックですが、クラッシックももちろん好きです。その日の気分に合わせて、聞きたいだけ音楽のシャワーを浴びると、だんだんその日の

自分の調子がわかり、それを踏まえて気分を高まらせ、制作に向き合うのです。そして肉体と精神が整うと、音楽はラジオに切り替え、描くモードに入ります。

但し、すぐに描けるわけではありませんが、。

去年の秋、いつものようにラジオを聴きながら制作準備にかかっているとその番組にゲストで来ていたアイルランド人のお薦め曲がかかりました。

なんと、マーラーのアダージェット、私の中でイントロのハープの音と、アイルランドのハープが重なり、がっちり何かがしっくり納まりました。

ちなみにそのアイルランド人は音楽家ではなく、ただお薦めでこの曲を選んだまで。別にアイルランドを紹介していたわけでもありません。

後日、私は教室を探すことにしました。音楽としては子供の頃3年程エレクトーンを習っていたのでさほど抵抗もなく、大人でも始めれるのなら何か楽器をやってみたい!

という思いはずっとありました。うすうす感じていたのはいつも好きな音楽のシャワーを聴いてその日のコンディションを整えるという作業もいつかきっと終わりが来る。

芸術家なら尚更もっと確実なものも準備しておかなければということ。もし、聞く→奏でることで自分を整えられたらもう鬼に金棒です。

スポーツ選手と違って文化的な作業は準備体操だけではわからない内面も調子を合わせなければならないからそれが自分にとって何なのかを知るのも大切なのです。

また弾いている間は無になれます。私にとって何も頭に残さず、真っ白な状態で作品を描くというのが最も大切な事なので準備体操としては最適なのです。

で、今日はやっと(いつも言われていることですが)リラックスしながら弾くということがどんなに大切な事かということをわからされた気がします。

簡単な事ですが、私にとってリラックス、肩の力を抜く、といったことがどんなに難しかったことか。私のこれまでの人生いつもそうでした。

力が入り過ぎて、みんなに真面目だ、頑張り屋だ、自分に厳しいと子供の頃から言われ続け、本人だけは全く何も頑張っていないのにと思っていました。

そのお陰で、何度も精神が崩壊し、人間嫌いで1匹狼で。寂しいと言いながら、1人を好む宇宙人。

指の力の入れ方は指の根元を意識するとか、手首で弾くのではなく、肘を使って移動するとか、自分の仕事の為に始めましたが、

なんだか人生を語られているような気がしました。すると、

いつも時間がないと言っている自分がふと気になり、今日は今上手く行っていない事に対して、どうしてそうなのか ぼーっとフィーリングを読み取る事にしました。

夕暮れ時、マンションの明かりが点き出した頃、何もせず音もなく椅子にすわってただただぼーっとしてみました。

きっと自分の中で何かが引っかかっているはずと。

すると、忙しさと描きたい気持から妥協で買った画布の色が気に食わなかったことや、テレビを見なくなった生活からテレビ無しでは生きて行けない程の自分に変貌していた事

等がわかりました。私はそんな自分の声をないがしろにして前へ前へともがき苦しんでいたのです。何も上手く行くわけがありません。

ありのままの自分が悲鳴をあげていました。ハープを習って気付かされた気がします。

まだ曲としては何一つ出来ませんが、いつか好きな曲をハープでさらっと弾き、制作に入れる日がくればなと思っています。

私にとって欠かせないものになりそうです。

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「2018年を前に」

こどもの頃からクリスマスシーズンが一番好きな私。

理由は宗教とか関係なく、クリスマスツリーは芸術品と思うからです。あんなに街を彩る存在が素晴らしい。

そして自分で納得するのが『人類は芸術なしでは生きられない』です。

個人的な感情かも知れませんが、この世に芸術なくしては闇です。

普段芸術に興味がない人でも芸術はそこかしこに存在しており、それに気付いていないだけ。

対自然に芸術をもって答えが導かれていると思っています。

ところで、さっき、年末恒例、来年のスケジュールを埋めていました。

私の結構好きな作業です。

来年はこれをしよう、あれをしようと思いを巡らせますが、

現実的でない事も半分くらいある私なのでなかなか進みませんでした。

それだけやりたいことがあるならそれはそれでいいだろうとちょっと客観的に自分を見つめていたりします。

今年1年、どんな年だったかと言うと、あまり制作の出来ない1年でした。

この点に於いては非常に不満の溜まるところですが、仕方がない。

来年はその回収に勤しみます。これまでの自分とアートの向き合いの中で自分と波長の合うもの、

合わないものが行き交って未来が成り立っていると思うので、

その現実を見逃さない為にも客観的に、計画を組んでいます。自分の原点を見つめ直すと余計なものが削ぎ落とされて、

必要なものだけが残る。そこから未来に向かって放射線を引く。この方法で引き続き来年を計画しようと思います。

来年私がどうしてもやりたいのは立体です。もう何年も言い続けていますが、来年こそ有言実行と行きたいものです。

でもこうやってあれこれやりたい事を巡らすのが目標の醍醐味かも知れませんね。

まだ実行とは行っていなくとも既にこんなに楽しいのですから。

予定を立てる=理想を空想する  ですからね。赤毛のアン心理でしょうか?

もう現実は始まっている。。

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「2017年を迎えて」 

2017年が始まりました。皆様どうお過ごしでいらっしゃいますか?

私は今年の目標を結構無理する値に設定しています。今まではどちらかというと”やりたくない””ゆっくり””自分の理想的に”というくらいの値の設定でしたが、

なぜか去年の暮れ、来年は無理してやってみようと思いました。きっとこれまでのアカが落ちたのでしょう。

長い休息期間が終了し、新たな世界へ足を踏み入れる準備が出来たのかも知れません。

 

年末年始は実家の大阪でゆっくり過ごしました。帰るまではなんともない普通の時間を過ごしていたのですが、なんと、帰った途端に疲れが出ました。なんとも言えないぐったり感。何もない普通の時間を過ごしているつもりでも私なりに何かに緊張しながら過ごしていたのかも知れません。3日間くらいはうだうだしていました。しかしそれから徐々に元気になり、両親の温かさや家のぬくもりを実感すると今度は事ある毎に涙が溢れるようになりました。どこからともなく溢れ出す涙はテレビを見ていても何をしていても感情に触れた途端に溢れ出すのでそれを隠すのが大変でした。

こちらに帰ってくる時はもう嫌で嫌で。どうにかしてここに帰って来れないものかという思いにふける程でした。それから毎日が寂しくて、身内の事を思い出しては泣いて、果ては友達のご両親に会っただけでも涙が溢れました。こんな経験したことありません。友達に話すと無理し過ぎだって言われました。自分では一切覚えがありません。

それどころか今年の目標が無理する事だなんて、、、です。

こんな風に幾つになっても人間は己を知らないのだなあと改めて感じました。年末にはどんな自分がいるのでしょうか?

少しは自分の内面に追いついているでしょうか?ただ、自分の作品には私が映し出される。あからさまに。

どんなときも私は自分の作品に先行されて生きている。

決して追いつく事の出来ない未知なる自己と共に。

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2017.Jan

 

 

 

 

 

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2015年10月、私はUNKNOWN ASIA に参加、台湾人CDデザイナーのQing-Yang Xiao賞を頂きました。

その日の帰宅時、車に乗り込み、エンジンをかけると同時にDJから流れて来た音楽はC.Richardの

”Congratulations"でした。

信じられない気持ちになりました。誰もが知っている曲にしてもあまりDJからは流れない。

しかもエンジンをかけた途端、丁度あのイントロが流れた。

とても祝賀モードになり、一人でノリノリ、自分で自分を祝ったのでした。

私は人生はこんなものだと思っています。

自分の内面と行動が合致した時に与えられるものに感謝しながら生きて行く、、、。

どんなに苦しい事があろうと、未来を見据えて生きて行く。

 

普段の私はラジオを聴きながら制作をするのですが、気分のいい日はおのずと好きな曲が流れる。正に周りのものとの調和を感じます。

私の作品は抽象画でありながら独自の”形”を保有しています。それは芸術を知っている人のみならず、そうでない人に作品を通して何かを伝える時にその的を明確に絞っ

て伝えることが出来るからです。ぼやけた状態になると物事の神髄が見えてこない。特に私は物事の本質を現す事を基盤にしている為、これは非常に大切にしていることです。

物事を見極める時にその物を目で見た情報だけで捉えるのではなく、目に見えない、感じる事から派生した見出したものでなければ、本来の意味を汲み取れないからです。

アート作品をどのようなアプローチで受け入れるのかは人それぞれですが、私は作家自身が伝えたいことがあっての作品と思っています。世の中を変えたいとは思いませんが魂を目覚めさせる手助けになるものを発信したいと思っています。ひとりひとりが自分の特異分野で他人を感動させ、魂を揺さぶると、次のいい結果に繋がる。お互いが影響し合ってもっともっと意識が改革して行けるなら、それは本来の存在意味ではないかと思っています。

もうひとつ、私は紛れもないアートラヴァーです。芸術が好きで、好きでしょうがない。だからとてもシビアに見ているし、とてもアートに未来を見出している。

自分ではただ好きでまるでガラスを取り扱うように接して来たアート。でも松陰浩之さんとご一緒させて頂いた時に私のある発言から「アートをとてもリスペクトしてるんだね」と言われ、はっとしました。リスペクトとは思いもしなかった。好き→大切→敬意というピラミッドがそこには存在していた。

アートに教えられたリスペクト。

私はこれからもひとつひとつ大切に作品を作ります。アートが私の未来の全てです。

 

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